人類に合理的思考は早すぎる(?)

皆さん今週もお疲れ様でした。周り(というかTwitterのffが)ブログを始めだしたので、僕も適当に更新します。

タイトルはなんか凄そうですが大したこと書いてません。(ありふれたネタ...)

 

本文

こんな状況を考えてみましょう。あなたは進級のかかった試験を受けています。受験者は100人で、その試験の最後の問題はこのようなものでした。

「0から100の好きな整数を1つ書け。全員の書いた整数を集計し、その平均値の2/3に最も近い整数を書いた者に10点を与える。」

知っている人は知っている問題ですね。皆さんなら何を書くでしょうか?

試験でこんな問題が出たら真面目な皆さんは憤慨し、怒り狂い、前にいる教員にシャーペンを投げつけてしまうかもしれません。しかし、数年前き実際にこのような問題を試験で出題し結果を公表していたツイートを見たことがあります。

 

さて、この問題をゲームとして、以下のように書き直してみます。

「ゲームのプレイヤーはn人。各プレイヤーは0から100までの数を1つ選ぶ。選ばれた数の平均値のp倍(0<p<1)の値に最も近い数を選んだプレイヤーが5000兆円を獲得する。」

それでは、ゲームのプレイヤーが全員「合理的」であるとして、このゲームがどういう結末を迎えるか考えてみます。

まず、選ばれた数の平均値の最大値は100です。つまり、平均値のp倍の最大値は100pです。となると、100pより大きい数を書くというのは合理的ではありません。100pより大きい数を選ぶくらいなら100pを選んだ方が良いのは明らかです。

さて、全員がこのように考えるとすれば、このゲームは0から100ではなく0から100pの間の数を選ぶゲームに変わります。それで、この更新されたゲームについて同様の考察を行えば、さらに0から100p^2の間の数を選ぶゲームになります。m回このような考察をすれば、ゲームは0から100p^mの間の数を選ぶゲームになります。皆さんは極限というものを知っているので、0<p<1よりm→∞とすれば100p^m→0となることがわかります。

つまり、このゲームでは各プレイヤーは0を選び、平均値は0、平均値のp倍も0なので、全員が5000兆円を獲得します。インフレ万歳。

 

では、人間にこのゲームをやらせるとこのようになるのでしょうか。答えはNoです。このゲームは実際に人間にやらせるという実験が行われていて、p=2/3だとだいたい20~40が平均値になるそうです。こうなると、0を選ぶ方が「非合理」ということになってしまいそうです。

人間にとって「合理的な」思考というものは難しいのです。自力でこのゲームの考察ができたとしても、直感的に「0だ!!!!」と思えた人はほとんどいないのではないでしょうか。

 

ここからはこの問題を一側面から見たてきとーなことを言いますが、ちゃんと考えて0を選んだのに周りがそこまで考えなかったために自分が損をして、周りからは「なんで0なんて選んでんのw」とバカにされる、といったことが実社会では往々にしてありそうに(Twitterを見ていたりすると)思えます。まあ理不尽な気もしますが、それが良いとか悪いとかいうわけではなく、どんなに自分はちゃんと考えて正しい結論を出したと思っても、「世の中いろんな人がいる」ということ、を頭に留めておきながら、選択・発信をしなければならないのだろうと思うわけです。それが人間社会で生きるということだという気がします。こんなシンプルな例でさえ、ちゃんと考えるのは人間には難しいのですから。この問題ではできたとしても、社会に存在するさまざまな問題を考えれば、僕も皆さんも例外ではないでしょう。

 

参考:「ゲーム理論と実験経済学」 (岡田章)

http://www.econ.hit-u.ac.jp/~aokada/essay_pdf/Experimental%20Economics.pdf